マーケット短信 Vol.250 Sep,24 2012

「店作りもう一つの方向」
個人にも家庭にも様々な生活の場面があるが、雑貨店の使命は夫々の生活場面に対し商品の力を付加して新しい提案をし続けて行く処にある。
例をお風呂の場面に取ると、父と子はバンダイ「サクラクレパスセッケン」が楽しさベスト1、母と子であれば風呂の壁に貼ったシートで覚えるABCが子への期待度のナンバー1だろうか。
日用雑貨では商品の実用性、機能性が第一で、それが満たされた時点からモノに付加される使い勝手、楽しさなどの無形の部分に主役が移る。
モノが溢れる時代には業種、業態を問わず無形の部分が様々な局面でリーダーシップを発揮し出す訳で、雑貨店が常に考えねばならない課題は様々な生活場面に対するソフト提案になる。
日本におけるキャラクターは欧米に比し突出していることを意識する必要があるが、雑貨店の中でも特に生活雑貨店を標榜する店においては、生活シーン別に捉えた中にさりげなくキャラクターがあってこそポジショニングは定まる。
一方玩具は、知の連鎖が新しい切り口になる。日本における書店の玩具導入は2,500店に及ぶと聞くが、委託条件で900二台の什器に納入者任せの商品という店舗が多くを占めるのが実情。
バーンズ&ノーブルが主導し急激に進む書籍から玩具への知の連鎖をアメリカに学ぶべきだ。
書店の玩具導入を見て思うことは、余りにもパターン化された仕組みの中で同じ方向へ向っている個性のなさで、これからのマーケットで最も忌むべきはオリジナリティのない専門店だ。

「カテゴリー深耕型MD」
過去にないマーケットを創出した雑貨カテゴリーは、最初から今に至るまでメーカー主導ではなく商品は自らセレクトするもので、待っていては何も始まらないところが他にない特性だった。
最近になり飽和感が出たマーケットの表舞台に立ったのはカテゴリー深耕型MDの企業たち。
トートバッグにフォーカスの「スーパープランニング」,ランチ関連特化の「サブヒロモリ」,傘の販売数日本一の「シューズセレクション」などが、カテゴリー深耕型MDを武器に新風を吹き込む。
靴下,ダイアリー,パジャマなどにも深耕型MDの芽はあり、先は各カテゴリーともターゲットの違いによる差異化が大きなテーマになりそうだ。

「買いたい気持ちが持続しない時代」
欲望が尽きることはないのかも知れないが、少なくとも日本においては普通に生活している人達のモノへの拘りは弱くなっているように思う。
長く小売の現場に立った実感から言うと、かつて週末に激しい雨が降った日などはその日の売上は大きく減少するが、翌週のウィークデイと週末の売上が全体として好調に推移し、店全体でも売上合計では数字はカバーできるのが常だった。
モノが少なかった時代には必要性のあるモノのへの支出は大きかったが、玩具のような不要不急ともとられかねないモノや、新しいアイディアのモノも大きな幅の中で売れ均衡が取れていた。
ハンズやロフトのない時代には、新しいモノ珍しいモノを扱っている店は少なく、米国への輸出品の中にあったその類のモノは、買えるまで店へ足を運ぶという、その幅の中で売れていたものだ。
今は買いたい気が起きた時に買えない場合は、後では気が変わり買う気が失せる時代になった。
先ず店に来る気にさせる処から始める時代だ。

「個性的な店作りを阻む要因」
流通の主導権が量販型チェーンストアに移行したマーケットでは、新しい店作りを阻む要因として日本の場合は特に問屋の質が問われている。
業界を問わず拡がる再編の波は、メーカーの集約から吸収合併による問屋の集約にまで繋がる。
身近なマーケットでも玩具はメーカーの集約が進んで2強が突出、流通政策に関してもメーカーの傘下にある問屋の存在が重みを増している。
雑貨に関してはかつて小規模ではあってもメーカー主導であったものから、小売主導になるかと思われたがそうはならず、メーカーと問屋の関係の変質が流通全体に大きな影響を齎している。
今個性的な商品を作るメーカー程小売との直取引を考えるのは、自社商品の消費者からの本当の評価を知りたいからに他ならず、雑貨のように小ロットであることが店からも客からも喜ばれるマーケットでは、量販志向は時代とは逆行する。
SPAが周知されても多くの小売店は問屋無くして成り立たないのが日本の現実であれば、問屋が先ず量販店と専門店を峻別し、商品の幅と内容の違いを自らにも知らすべきなのではないか。
個性的な店を作る際に、主取引先が量販店の取引先からしか仕入れられない小売店は無残だ。