葉佐弘明の「マーケット短信」 Vol.280 Dec,22 2013

「立地と業態のマイナーチェンジが成功の鍵」

 「日本マクドナルド」が、銀座三越に1号店を開業したのは、1971年(昭和46年)7月のこと。

米国本社の郊外立地推奨の声を日本マクドナルドの創業者藤田田氏が抑え、日本の情報発信は銀座からという信念の下、銀座三越の中央通り側1階に1号店を僅か39時間で完成させた。

この常識を破る立地戦略の成功がその後の日本マクドナルドの急速な発展に繋がり、ハンバーガーは日本の消費者に浸透し、日本のファストフードでは今もマクドナルドがトップを走る。

 「セブンイレブン」は、1974年(昭和49年)1号店を豊洲に開業現在の店舗数は約16,000店。

 コンビニエンスストア(コンビニ)は米国で創り出された業態だが、これを20世紀に生まれた重要な小売業の一つにまで仕上げたのは日本だ。

 米国の郊外型主体の立地戦略を都市部でのドミナント戦略に変換、おにぎり,弁当の味に拘り食のスタイルを変え、店舗数の増大を武器に物販に加え生活を便利にするサービスを次々に導入、単機能のセブン銀行まで創設し成功させた。

 今や日本のコンビニは社会的インフラとしても必須の存在であり、更なる進化をも見据える。

ほぼ40年前に日本のマーケットに異なる業態で新規参入した両社の類似点は、何れもアメリカ生まれであり夫々のマーケットで№1であったこと、米国では郊外型立地が基本であったものを日本市場では都市型立地で多くの成功例を作り、両者ともに№1の存在になったことだ。

小売業や飲食業が自国外へ出店する際に真っ先に手を付けるのは、自社がターゲットとする層に対する商品の見直しになるが、生活習慣も購買習慣も異なる国への出店では、立地戦略,営業時間そして業態の再確認が避けて通れない。

立地と業態の日本化のためのマイナーチェンジと消費者欲求に対するサービス面での対応が、米国とは異なる発展を遂げた大きな理由だろう。

 

「ブラックフライデイ後日談」

 大手小売業のブラックフライデイの開店時間が前日木曜日に繰上がった報告をしたが、現地では既にブラックサーズデイと呼んでいる様だ。

 在住の友人からのメールではサンクスギビングデイに働かなければ解雇すると言われた労働者が、雇用主を訴えたケースもあったとのこと。

「イオンモール幕張新都心」

 [イオンモール幕張新都心]は極端に横長の敷地に建つ規模は日本で3番目のモールで、独立棟の「グランド」,「ペット」,「ファミリー」,「アクティブ」の4モールを2階のブリッジでつなぐ。

ペットとアクティブは夫々のライフスタイル対応でMDも分り易いが、大人対象のグランドモールと家族対象のファミリーモールは間にペット棟があるために二分され、ターゲット,MDの重なりをどこかで線引きする必要があり、売場配分、店舗配置で苦心の跡を偲ばせる仕上り。

通常イオン本体の中にある玩具は、強化した「キッズ共和国」を専門店として独立させファミリー棟2階に配置、1階に「トイザらス」が出店。

これだけ近距離で競い合うことはかつてないが、ここで結果を残せば玩具の可能性は拡がる。

雑貨店の配分は更に難しく、グランド棟にインテリア雑貨,キッチン雑貨,生活雑貨店が勢揃いしたためか、直営の「R.O.U」は商品部門のバランスを崩し専門店としての方向性が希薄に。

低価額雑貨の「フライイングタイガー」と同じデンマーク発の「ソストレーネ・グレーネ」が、日本1号店を開設し、入店待ちの列は終日続いた。

雑貨は今、北欧デザインで中心価額帯が500円以下いう店に注目が集まり、この立地での成功は今後の郊外型SCでの展開に弾みを付ける。

 物販の日本初は持続性に不安を残すが、サービスと物販が相互に交わる展開は、消費者の共感を忘れない限り無限の可能性を秘めている。

エンターテインメント系の施設「カンドゥー」,「東映ヒーローワールド」,「ガンダムカフェ」は、郊外型SCへの可能性を探る実験になりそうだ。

「サンタフォト」

米国の屋内型のモールでは11月後半からクリスマスイブまでの間、サンタと写真を撮る”サンタフォト”がファミリーには抜群の人気だ。

オープンエアのライフスタイルセンターでも立派なサンタの家があり、中では暖炉の傍のロッキングチェア風の椅子に主役のサンタが座り、週末はサンタの家の前は長い列で、順番の来た子はサンタさんに抱かれるなどして写真を撮る。

勿論有料だが”サンタフォト”は恒例行事で、太り気味でサンタが似合う人はモールから引っ張り凧で、出演料にもランキングがあるそうだ。