仏前結婚式では『嘆仏偈(たんぶつげ)』という「お経」の中にある偈文をよみます。えっ、結婚式にお経?と思われるかも知れません。
そもそも、お経は仏徳をほめたたえるもので、亡くなった方に対してよむものではありません。お葬式のお経は、かざられてあるご本尊(阿弥陀如来)に対して、その徳を讃嘆(さんたん)してよまれているのです。
でも、そのような違和感もあるかと思いまして、明順寺では『嘆仏偈』を和訳した「讃仏のうた」を結婚式に読むことにしています。
「讃仏のうた」
如来の光顔(こうげん)巍巍(ぎぎ)として、けだかくも世にこえたまい
月日も珠(たま)もことごとく、そのかがやきをうしないぬ
げに、み仏のおん姿、たぐいもあらずさやかにて
正覚(さとり)のみ声、高らかに、ひびき十方(よも)に流れゆく
無明(むみょう)の迷いましまさず、徳高くしてはかりなし
智慧はゆたかに、その光、ひろく世界に満ちたもう
われいまここに願うらく、生死(しょうじ)の苦海、過ぎわたり
無上のさとりひらき得て、聖法王(しょうほうおう)にひとしからん
かさねて誓うもろびとに、安らぎのみち与うべし
かならずねがい果しとげ、道を求めてしりぞかじ
ひかりくまなく徳まどか、国土すぐれてならびなし
十方(よも)より生まれ来るもの、心は清く安らけし
みそなわしませ仏たち、ひたすら精進(はげみ)、たとい身は
苦海のうちに沈むとも、しのびてついに悔いあらじ